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『かぎあなの秘密』
著者:

ウラジスラフ・

ペトロービッチ

クラピーヴィン

イラスト: 中村 悦子
翻訳: 清水 陽子



 

 

 

ソ連の作家の作品は好きだ
なぜって人の内面の描き方がまじめだから

でイラストもさることながら
ことさらに選んだこの本は、わたしの期待を裏切らなかった

ジェーニャ少年と一緒にドヴィット島で

子どもへの抑圧者・支配者への怒り

そして、その怒りは今の日本の支配者への怒りに

木で作った短剣で戦争ごっこをして遊ぶ子どもたち
そこにはちゃんとルールがあって
ふたつきされたら殺されたということになるし
イラクサの中に突き落とすような卑怯な真似はしない

戦い終わってジャーニャが帰るとき
敵方だった少年トーリックが手作りした
つかにこまかい模様が彫り込まれた短剣をくれた
ふたりの友情のはじまりだ

しかしここから話がおかしくなり始める
バスのなかで乗り合わせたおかしなおじさんに
「過酷な抑圧に苦しむ
目には見えない島に住む
島民たちを救って欲しいと」と頼まれ
そのドヴィット島に連れて行かれることになった

ジャーニャの心のどこかに「これはおとぎ話だ」という思いが
冒険ものの物語に入り込んだような

この島ではなによりも「秩序と愛すべきヤンシェル」が
いちばん大事なことだった

子どもは校外指導員にきちんと指導され
その指導を守らない子(飛び跳ねながら歩くとか)には
カードに穴が開けられ、3つ穴が開いた子には
恐ろしい釣り鐘のようなむちのお仕置きがまっていた

しかもこの国では
子どもは青年にはならずに、大人になってしまうのだった
なぜって青年はとても危険な存在だからだ
なにかをしたいとか、どこかへとびたいとか
古いものをすてて新しいものを建設したいとか・・・

ジャーニャはとうとう
この島の秩序を保つためのヤンシェルと闘う決意をする
しかしそれでもまだ現実味はなかった
心臓がバクバクしてもジャーニャはひょっとしたら
魔法のように自分が勝つような気もしていた

しかし湖からヤンシェルの球体のような頭がでて来たとき
おそろしさで息がつまりそうになった
鋼鉄の鎧でおおわれているおおきな蛸のような物体
モスクワのオスタンキノのテレビ塔ぐらいの背丈のある怪物
そのタコが千トンもありそうな足でジャーニャを攻撃し始めた
頭の上を熱風がふき
ジャーニャの足もとに青白い火の手があがる
大地はゆれ、とどろき、熱風が背中をおそう

ジャーニャは逃げた
そしてヤンシェルの手下につかまり
牢屋に入れられるジャーニャ
それでもジャーニャには
ほんとうの意味で現実感はなかった

ジャーニャは冷たい牢屋の高い天井の上の四角い窓を
雲が流れていくのをただ見ていた
頭をふるとなぜかそれぞれの記憶がつながりはじめた
とたんに恥ずかしくなった

こんな風にジャーニャは
どこにでもいる意気地なしの普通の少年だった
きっとわたしもそうだろうな~

しかし心の中ではこの島の「支配」の形がすごく気にいらない
あたりまえに子どもらしくふるまっただけで
むちをふるわれる子どもの姿に怒りをおぼえる

このつづきは実際
図書館で本を借りて読んでみてもらおう

なぜ今この物語がおもしろいと思えるのか
なぜ今この物語のことを語ろうと思うのか

支配者というものはいつも巧妙に
この国のようにきれいな言葉でいいつくろうものだ

美しい日本だって?
強い国を取り戻すため?
教育再生のため?

元文部科学省官僚の寺脇研氏は時代錯誤だと醒めた目で語る

『世界の一等国でありたい、それがダメでもせめてアジアで一番でいたい』というのが、明治時代からの日本の願望です。富国強兵時代、あるいは高度成長期の教育という印象です。けれど、世界の大国になろうとして無理をした結果が戦争であり、エコノミックアニマルだった。また同じ道を歩むのか。

東大の教育社会学の本田由紀教授はこう批判する

安倍首相が『取り戻し』たいのは、彼の思い描く『美しい国』。国民が皆、私の思うような人間になってくれればそうなるはずだ、という思い込みが、彼を教育再生へと駆り立てているように見えます

多くの人々が安部内閣のおかしさを指摘するが・・・
果たして・・・

そうわたしには今のこの日本が
この物語のドヴィット島のように思えるのだ
おかしな支配者に逆らえずに
あれよあれよという間に
ファッシストたちが自分勝手にふるまう国になってゆく

子どもたちのように素朴に真実を見る目をもたなければ
この国の政治家の話す言葉の欺瞞さがわからないのではないか

維新の会の橋下氏にしろ、安部氏にしろ
みな言葉が巧みだ
根回しも上手だ
その詭弁さにいつ気づくのだろうか

正直者の言葉は歯切れが悪い
なぜって政治の世界は海千山千
民主党時代わたしは言ってきたはず
見えるだけまだ、ましだと

今新聞の投書欄がにぎやかだ
・・・わたしは先の選挙で民主党政権に幻滅し
自民党に期待を寄せた
という人の投書があった

あ~あ、いくら民主党に幻滅したからと
自民に入れるとはね~
あきれるね~
かつての自民よりも右傾化した自民党にね~

でこの人は
・・・国防軍構想 自民のおごり露呈 
と嘆き、安部政権の暴走をおそれている

かつてヒットラーが政権をとったとき
人々はあそこまでひどいことになるとわかっていただろうか

人々が気づくというのは
どういうことがあったときのことなのだろうか
アベノミクスがうまくいっていれば
結局気がつかないのだろうか

この国の今の危うさというのは
そういうレベルの問題ではないのだけれど

この本を読みながら
30年以上も前のソ連でこの本が書かれたとは
どんなことを意味しているのだろうと考えた