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著者:ヘウス,ミレイユ
1964年、アムステルダム生まれ。オランダ語教師、児童劇の脚本家、シナリオ作家として活躍。2003年、『フィレンゾとぼく』(未邦訳)で、オランダ「旗と吹流し賞」を受賞。2006年、『コブタのしたこと』で「金の石筆賞」を受賞

訳:野坂 悦子
1959年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒業後、オランダとフランスに5年間住む。翻訳絵本『おじいちゃんわすれないよ』(金の星社)で、産経児童出版文化賞大賞を受賞。主な訳書に2005年「金の石筆賞」を受賞した『不幸な少年だったトーマスの書いた本』(あすなろ書房)などがある。


人がなにかをしているのを
側でじっと見ているのがリジーはすき

放課後一緒にあそぶ友だちがいないリジーは
電柱の下でいつも広場を見ていた
広場で男の子たちが遊ぶ様を見ていた

ある日
そこに金髪の巻き毛の女の子が現れた
その子は男の子たちにひどい目に遭わされた
しかし平然としてしている女の子にリジーはびっくり

さらに翌日
リジーがいつも立っていた場所に
その子は立っていた
リジーはどこに立っていいかわからない

戸惑っているリジーにその子は
あたたかいクロワッサンを分けてくれた


リジーにとってはじめての友だち
「コブタ」と名乗るその子は
父親は国家の秘密の仕事をし
そのせいで転校ばかりして
友だちがいないという
それは嘘だったが

リジーはコブタの魅力と怖さにがんじがらめ
一方、コブタは孤独で心はすさんでいた

リジーの言葉でゆっくりゆっくり語られていく
コブタがなにをしたのか
リジーが自分の言葉でうまく言えなかったことを
不安で心を閉ざしそうになりながらも
リジーは一歩一歩目をひらいていく


リジーのお母さんは
自己主張のできない彼女を守り
彼女の成長をじっと待っている
なかなかできないこと

リジーのナイフで人を刺してしまったコブタが
再びリジーに会いたいと言ってくる
そのときもリジーが結論を出すのを
お母さんはじっと待っていた
そして彼女の出した結論を尊重した


わたしは「会う」という決断をするのかと思っていた
しかしリジーは「会わない」という結論をだした

わたしはコブタの気持ちによりそっていたのだろう
コブタの言葉は嘘で塗り固められ
コブタの悪行に
そうせざるを得ない深い悲しみをみた
「コブタがなにをしたのか」ではなく
「コブタがなぜしたのか」を書いて欲しかった

コブタはリジーを利用したのではないと思う
彼女の側にいてくれる子は
リジーのような子だけだったのだろう
リジーは日本で言う支援学級の子でなくても
よかったのではないだろうか


このお話はそういう意味では
わたしにとってちょっと不満足な本だった

リジーの出した結論はそれでいい
今のリジーにはそれ以上の結論はない

が、著者にはそれ以上の展開が考えられるはず
それが物足りなかった



先日、水元公園で出会った小鳥や水鳥

巣から落ちたのだろうか
エナガのヒナが水辺で震えていた
釣り糸で足をくじいたのだろうか
ハシビロガモがわたしの前で
おびえていたが逃げ出すこともできなかった

そしてわたしは自然の摂理に逆らうことはできないと
目をつぶってその場を立ち去った

......

わたしが人生で出会い
人の手を必要としていた子ども
でもわたしにはどうすることもできなかった
いい子とつきあうのはやさしい
自分のできることに限定して生きることはできる
しかし・・・

そんな無力感を読後にずっしりと抱えてしまった

.....


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