獣の奏者  上橋菜穂子 

上橋さんの本に浸り心を癒す日々

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 母のような人になりたかったことを思いだしたエリンは、自分を拾って育ててくれた蜂飼いのジョウンに自分の境遇をはじめてうち明ける。

 母は霧の民(差別される流浪の民アーリョ)だったが、闘蛇衆の頭領の長男と結ばれて、自分を産んだこと。そのことで霧の民から追放されたが、医術に優れていたので、闘蛇のなかでもっとも大切な<牙>の世話を任されていたこと。ある夜明け、なぜか突如<牙>がすべて死んでしまい、母はその罪を問われて、惨い死刑に処せられたこと。母を助けようと泳いでいったが、闘蛇に乗せられてしまって、母とは引き離され、この地まで来てしまったと。...

 ジョウンは、王都にある裕福な高級職能階層の師弟しか入舎できない高等学舎の教導師長だった。ある事件で罷免され、自分の間違いに気づいたジョウンは蜂飼いとして山にこもって生きて行くつもりだった。しかし自分の命に限界を感じ、エリンの行く末を案じた。

 一方、エリンは「闘蛇はなぜ、あのように在り、人はなぜ、このように在るのだろう。」という問いが心の中で疼いていた。その答えを見つけたかった。
 エリンは自分の境遇を語り、母のように獣ノ医術師になりたいと頼んだ。

 ジョウンはカザルフ教導師長エサルに手紙を書いた。そして「入舎ノ試し」に合格したエリンはカザルム学舎で学ぶことになった。母との死別、ジョウンとの別れ、どこまでも過酷な運命。

 カザルム学舎は傷ついた王獣を世話するところでもあった。ここでの生活は王獣の寝床の掃除からはじまったが、王獣を遠くからでも見られることはエリンにはうれしいことだった。しかし、野生の王獣のように体毛が輝いてはいなかった。しかも音無し笛で、王獣は一瞬にして石のように凍りついた。-あの笛は、王獣を殺すのだ-とエリンは悟る。
 
 母の言葉を思い出した。
「闘蛇を世話するのはいやではなかったわ。...この笛を使うのがいやだったのよ。笛を鳴らした瞬間、硬直する闘蛇をみるのは、ほんとうにいやだった。...人に操られるようになった獣は、哀れだわ。野にいれば、生も死も己のものであったろうに。人に囲われたときから、どんどん弱くなっていくのを目のあたりにするのは、つらかった。」

 エリンは傷ついた幼獣と出会う。しかもその子は身食いをしていた。心に鬱屈を抱えたり、苛立っている馬が、しきりに自分の身体を噛むことがある。きっとこの子も...エサルとその幼獣リランとの関係がここから始まる。




教師だったわたしは身食いをする子を何人も見てきた。
泣いて壁に手を打ち付け血を流していた子。
シャープペンシルの先で腕をどこまでも傷つけていた子。
あの子らにわたしはなにもしてあげられなかった。
そうした思いが

この「獣の奏者」という物語に

わたしの心は釘付けになるのだろう。
わたしができなかったことを、

わたしがやりたかったことを、エリンはやっていく。
エリンの悲しみ、迷い、苦悩、そして自由な意志。
そのすべてに共感を覚える。
今のわたしは苦しすぎる